Posted on 02/14/2016 at 05:38, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『恵みとまこと 聖地巡礼旅行(その4)』(ヨベルの年 第23週)(2016.2.14)

写真=カペナウムのシナゴーグ

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネによる福音書1章14節)

  • はじめに…本主日から、受難節を覚える主日となります。私たちの罪の身代わり(贖い)となって十字架の死を遂げられたイエス様を思い起こし、心に刻みながら、イースターに向かってともに歩んでいきたいと願っています。
  • 恵みの午後礼拝…先主日の午後、Kさんのお宅を開放して頂き、午後礼拝を捧げ、聖さんの時を持ちました。礼拝後、お交わり&学びの時を持ちましたが、その中でヨハネ福音書1章14節の“恵みとまこと”とは、どういう意味か?という質問がありました。
  • 恵みとまこと…ちなみに日本最初の和訳聖書のギュツラフ訳では「オンゲイ ホントニ イイバイ(恩恵 本当に 良いバイ)」と訳されています。ヘブル語訳の聖書では、恵み=ヘセド、まこと=エメトです。人生において最も重要な二本柱が結婚と仕事ならば、“恵みとまこと”すなわちイエス様の愛と真実は、天地を貫いている神の見えざる二本柱と言えるでしょう(詩篇108篇4節)。“まこと”とは「自分を飾らず、自分を偽らない心」です。また“恵み”とは「契約に基づく神の愛」です。恵みとまことは、逆境のただ中でその真価を発揮します。ゆえに詩篇31篇5節にあるように「私のたましいを御手にゆだねます」と告白することが出来るのです。それはイエス様の十字架での最後の祈りでした(ルカ福音書23章46節)
  • 父のふところにおられる主…“恵みとまこと”に満ちておられる方、イエス様が私たちの内側に宿っておられます。そのイエス様は父のふところにおられます(ヨハネ1章18節)。ゆえに私たちは、真理のみことばをイエス様から聞き、信仰による義を行う者とさせて頂いているのです(詩篇15篇1-5節)。内なるシオンに住まわれる主の働きです。“恵みとまこと”は尽きることがあありません(詩篇103篇17節)
  • 結び…受難のただ中にあって尽きることのない“恵みとまこと”を豊かに注いでくださる主に世々限りなく栄光がありますように。
Posted on 02/07/2016 at 04:38, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『水がめをいっぱいに満たす 聖地巡礼旅行(その3)』(ヨベルの年 第22週)(2016.2.7)

写真=カナの水がめ

タダシ ヒトリノサムライ ヤリヲモオテ、ヨコハラヲ ツキヤブル。タチマチニ チミズガデル。(ヨハネ福音書19章34節・ギュツラフ訳)

 

  • はじめに…  先主日、シオンから出るみことばは「御霊に満たされて喜んで生きよ」との主イエス様のみことばだということを、ともに聞きました。このみことばが確かなことのしるしとして奇蹟を行い、悪霊を追い出し、病人を癒し、ついには十字架の死(贖い)を遂げられたのです。
  • イエス様の伝道のはじめ…イエス様はバプテスマのヨハネからバプテスマを受けられ(マルコ福音書1章9節)、荒野で悪魔の誘惑に遭われ(同13節)、エルサレムに連れて行かれ(ルカ福音書4章9節)、そしてガリラヤへ(同14節)。そしてカナの婚礼に招かれ、そこで最初の奇蹟をなさいました(ヨハネ福音書2章1-11節)。その後、カペナウムを拠点にして伝道の働きをなされました。
  •  人生の二大柱…イエス様は人生の最も喜ばしい結婚の場で、最初の奇蹟をなさいました。結婚と仕事(奉仕)のふたつは、人生の二大柱と言ってよいでしょう。その一大イベントのカナの婚宴で、ぶどう酒が足らなくなったら…。まさにそんな危機的状況でした。不足の只中で、イエス様の奇蹟は起こるのです。人間力では打開策が見出すことができないときにこそ、諦めないでイエス様のみことばに従うのです。不足をみことばへの従順で満たすのです。「水がめに水を満たしなさい」(ヨハネ福音書2章7節)。
  • 水がめを満たす…手伝いの者(奉仕者)たちが、イエス様のみことばに従って水を汲み、水がめいっぱいに満たしたとき、最上の赤ワインに変化しました。みことばで私たち(水がめ)をいっぱいにみたすとき、喜びが更なる喜びに、恵みが更なる恵みに変化する、揺るぎない人生になります。
  • 結び…今日から始まる皆さんお一人ひとりの真新しい日々が、喜びに満ちあふれるよう、祝福して祈ります。
Posted on 01/31/2016 at 04:59, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『シオンから出るみことば 聖地巡礼旅行(その二)』(ヨベルの年 第21週)(2016.1.31)

シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出る。(イザヤ書2章3節)

    • はじめに…  … 本主日は聖地巡礼旅行(イスラエル)の2回目の分かち合いをさせて頂きたいと思います。オリーブ山からシオンの丘(エルサレム)を展望しながら、観光ガイドのバラさんが40年のイスラエル生活から悟った、みことばの真理を中心にお話します。
    • おくり池…西壁(嘆きの壁)に隣接する南の壁の手前に“いとすぎ”があったことを先主日にお話しました。その左の方に延びる斜面が、“シオン”(ダビデの町)と呼ばれた場所です。そこを谷に向かって降りて行ったところに「シロアムの池」があります。へブル語でシロアハ=送る、遣わすという意味で、“おくり池”という意味になります。
    • 顔に泥を塗る…イエス様が公生涯最後の仮庵の祭りのとき、宮に入られて大声「だれでも渇いているなら、わたしのもとにきて飲みなさい(…)わたしを信じる者は、その人の腹の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」(ヨハネ福音書7章37-38節)と言われました。その後、宮の中に律法学者、パリサイ人によって姦淫の女が連れて来られ、詰問されたイエス様は、罪の赦しを宣言されました。さらにその後、イエス様は宮の外で生まれつきの盲人に出会い、顔(目)に泥を塗り、“シロアムの池”に遣わして癒されました。身体に欠陥のある者は宮に入れなかったのです(Ⅱサムエル5章8節)。ですから癒された盲人は、この時から宮に入って祭りに参加することが出来るようになったのです。
    • 仮庵の祭り…この仮庵の祭りの終わりの日に、シロアムの池の水を大祭司が金の器に汲んで神殿の祭壇の脇にある器に注ぐ儀式がありました。同時に赤ワインも注いだそうです。すなわち「兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。」(ヨハネ福音書19章34節)とのみことばと繋がっているのです。イエス様が贖いの小羊として十字架で血と水を流され、永遠のいのちとしての聖霊を私たちの内に注いでくださったのです。ゆえに私たちは何にも縛られることなく、主と交わりながら、喜んで生きることができるのです。
  • 結び…シオンから出るみことばは「御霊に満たされて喜んで生きよ」との主イエス様のみことばです。

 

Posted on 01/24/2016 at 05:07, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『聖地巡礼旅行(その一)』(ヨベルの年 第20週)(2016.1.24)

 

イエスはオリーブ山に行かれた。(ヨハネ福音書8章1節)

  • はじめに…  1月14-20日にかけて、聖地巡礼旅行(イスラエル)に出かけ、全ての旅程を主が守ってくださり、恵みのうちに、いとすぎ教会に帰って来ました。主に感謝します。またその間、祈りつつ支えてくださった皆様に感謝します。
  • 要所に“いとすぎ”が…最初に訪れたのは「オリーブ山」で、そこからエルサレム(シオンの丘)を展望しました。西壁(嘆きの壁)に隣接する南の壁の手前に“いとすぎ”を見ることができます。その後、イエス様の歩かれた地を巡りましたが、その主要な場所(たとえば鶏鳴教会、羊飼いの野の教会、ペテロの家など)には必ずと言って良いほど、“いとすぎ”がありました。主が教会の名を“いとすぎ”にするようにおっしゃったことの御心を、またひとつ深く知ることができました。
  • 旧約と新約を繋げる…ツアーガイドは榊原さん(通称バラさん)。28歳で単身イスラエルへ。イスラエル在住45年、ヘブライ大学で学び、観光ガイド歴40年の大ベテラン。イスラエルの地でユダヤ人、アラブ人とともに暮らし、体丸ごとで聖書のみことばを体験されており、旧約の歴史的背景をしっかり踏まえてイエス様のみことばをユーモアたっぷりに解き明かしてくださいました。
  • 距離感覚…また、現地を自分の目で見て、自分の足で歩くことで、場所間の距離感覚を体感しました。聖書の記事を字面ではなく、身体感覚を働かせて読み取ることができるようになったことは、何にも代え難い“宝物”です。
  • 荒天の地中海に虹…イスラエルに到着してずっと晴天に恵まれました。しかし帰国の前日と最終日は一転して荒天に。カナ、ナザレは大雨に。そしてユーラクロンのように荒れ狂う地中海(カイザリヤ、ヨッパ)。ところがベングリオン空港へ向かおうとする頃には雲の切れ目に虹が掛かり、希望のメッセージを天地創造の主が届けてくださいました。
  • 結び…聖書のみことばを体験させてくださる主に栄光をお帰えしします。

 

Posted on 01/10/2016 at 04:09, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『ニワトリガ ウタウ』(ヨベルの年 第18週)(2016.1.10)

 

それで、ペテロはもう一度否定した。するとすぐ鶏が鳴いた。(ヨハネ福音書18章27節)

ペトロスワ フタタビ ナイトユフ。 タチマチニ ニワトリガ ウタウ(ギュツラフ訳)

  • はじめに…今週の木曜から聖地巡礼旅行となります。今、現地は雨季で天候の予測が難しく、また周辺地域では紛争が絶えません。その現実の中で、歴史に働かれる主イエス様の息吹に触れることができるよう、お祈りに覚えて支えて下されば幸いです。
  • みな、つまずく… さて、最後の晩餐の後、イエス様と弟子たちは祈るためにゲッセマネの園(オリーブ山の麓)に行かれました。そこでイエス様は弟子たちに「あなたがたはみな、今夜、わたしのゆえにつまずきます」(マタイ26章31節)と語られました。
  • 決してつまずきません…ペテロは「決してつまずきません」(同33節)と豪語しました。それに対してイエス様が、「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言います」(同34節)と語られると、ペテロはすぐさま言葉を重ねて「知らないなどとは決して申しません」(同35節)と自己主張しました。
  • 肉体は弱い…そのやり取りの後、イエス様はひとり血の汗を流して祈られました。その間、弟子たちには目を覚ましているように指示されましたが、結局、弟子たちは眠りこけ…。その弟子たちの様子を見て、「心は燃えていても、肉体は弱いのです」(同41節)と語られました。
  • そんな人は知らない…そこへユダが、剣や棒を持った群衆と一緒にやって来て、イエス様は捕らえられ、大祭司カヤパの家へ連行されました。そのとき、ペテロは「遠くからイエスのあとをつけながら」(同58節) 大祭司の中庭まではいって行き、成り行きを見ようとしました。もうこの時点で及び腰になっています。そこで女中らから「あなた、ナザレのイエスといっしょでしたね」と問われると、三度「そんな人、知らない」と誓い始めると、鶏が鳴いた(ニワトリガ ウタウ)のです。イエス様の「あなたは三度、わたしを知らないと言う」という言葉を思い出し、ペテロは激しく泣きました。その記念として“鶏鳴教会”が建てられています。
  • 結び…つまずく者、弱い者、裏切り者の私たちを、いのちの限り大切にしてくださり、再び立ち上がらせて下さる主に栄光がありますように。
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