Posted on 10/06/2024 at 19:51, by matsumoto

『モーセの歌(耳を傾けよ)』(ユダヤ人キリスト者と共に その2)(2024.10.6)

私のおしえは、雨のように下り、私のことばは、露のようにしたたる。若草の上の小雨のように。青草の上の夕立のように。(申命記32章2節) /あなたがたは迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであってのろってはいけません。(ローマ12章14節)

◆はじめに…先週、アメリカに住んでいる、主にある姉妹から祈りのリクエストが届きました。娘夫婦が暮らしているノースカロライナ州西部に、ハリケーン「へリーン」が襲って、洪水によって甚大な被害に見舞われ、娘さんが経営するマッサージ師養成スクールも、被害地域の中心地的な、アッシュヴィルという街にあって、壊滅的なダメージを受けているとのことでした。どうぞお祈りに覚えてください。

◆ハアズィヌ(耳を傾けよ)…本主日は申命記32章で、モーセが生涯を閉じる前にイスラエルの民を前にして主の御業を詠唱(えいしょう)したところです。“モーセの歌”と言われています。人生の終わりがけに私たち自身が人生の歩みの中で最も愛し、大切にして来た愛唱讃美歌、愛唱聖歌を、兄弟姉妹を前にして歌うといったところでしょうか。みことばをメロディー(節)に載せることで、頭でみことばを理解するのではなく、こころ(感情)をみことばが揺さぶり、新しい力が与えられる契機になります。みことばが雨、露、小雨、夕立のように青草の上に降り、地に染みこんで、成長するようです。私たちも礼拝で、そして日々の生活で、みことばを歌い、聞き、思い起こして力を得ます。今日、私たちがモーセの歌から聞くメッセージは何でしょうか?

◆復讐しないこと…一つは、「復讐と報いはわたしのもの」(申命記32章35節)、「自分で復讐してはいけません」(ローマ12章19節)とあるように、“復讐しない”ということです。憎しみは復讐にも復讐は暴力に、暴力は更なる暴力の連鎖になります。イエス様も『目には目で、歯には歯で。』ではなく、別の道を示されたことを私たちは知っています(マタイ5章38-48節)。

◆与えること…もう一つは、“与える”ことです。創造の主は、雨を降らせ、世話をし、羽に載せ、岩からの蜜と油で養われたとモーセは歌っています。主はその本質として与える方です。なぜなら主は満ち満ちておられ、不足はない方だからです。イエス様も「求める者には与えなさい」「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。」(ルカ6章30、38節)とおっしゃいました。「ギブアンドテイク」ではなく、「ギブアンドギブ」です。神の似姿です。

◆結び…主は、みことばによって私たちの背中を押し、手を引き、生きる力を与えてくださいます。主に賛美と祈りをもって感謝をささげます。

 

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